5|気づいた時には遅い

全てを投げ出したくなってから

家事育児がどうでもよくなってしまいました。

本当に何もかもどうでもいい。

生きているのか⚪︎んでいるのかもわからない毎日でした。

ある日、夜眠れていないことに気付きました。

そして、昼間は大暴れする日々。

私が私じゃなくなっていく。

もう心はボロボロで壊れてしまっていたのです。

そのことに気づいたのは、旦那が転職をしてから1年半が経つ頃でした。

パート先の先輩に助けていただき

緩和ケアの受診をすることができ

その時初めて『適応障害』と診断されました。

仕事によるストレスなどからなる病気だと思っていたので

正直驚きましたが

病名を診断されて少しホッとしている自分もいました。

でも、まだ戦いは終わっていなかったのです。

緩和ケアに受診したからといって突然症状が良くなるわけではありません(当たり前)

薬を処方していただき毎日欠かさず服用していました。

そのほかにどうしても精神が安定しない

よる眠れない時に飲んでねと処方していただいた眠剤をたくさん飲んでしまい

記憶が飛んでいる日が数日ありました。

眠剤はもらうとすぐに飲んでしまう自分が怖くて処方してもらうのをやめました。

精神安定剤を飲んでからは、夜眠れない日は無くなっていきましたが

突然怒りが込み上げたり、涙が出たりと感情のコントロールは相変わらず難しく

仕事に出られない日もたくさんありました。

感情のコントロールができない母親の姿を子どもにあまり見せたくない。

でも感情がコントロールができない。

そんな日々もストレスで何もかも嫌になっていきました。

そんなストレスの日々により

『適応障害』とは別に、免疫力が落ちていき

子どもは罹患していない「手足口病」「リンゴ病」になり

顔面に大量の水膨れができたり、全ての爪がボロボロになり剥がれてしまいました。

そして同時期に職場で流行っていた「コロナウイルス」にも感染し、後遺症として味覚障害に数ヶ月苦しめられました。

さらに、毎日ストレスによる腹痛に苦しめられ、「過敏性腸症候群」と診断も受けました。

こちらは完治はなく、症状が出たり出なかったりの日々を数年経った今でも過ごしています。

身も心もボロボロとはまさにこのことか‥と本当に絶望の日々を過ごしていました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました